Unlearn Ⅵ
- アディムクティ
- 2025年12月23日
- 読了時間: 9分
更新日:2025年12月24日
2025.12.23(火)
2025年も残り少なくなってきました。
私の今年の目標は「Unlearn」をすることでした。
Unlearnとはこれまでに学習してきた知識や価値観を意図的に手放し、新たな学びを促すことです。
具体的には、従来の仕事のやり方を見直し、新しい技術や思考方法を積極的に取り入れることや、
自分がこれまで当たり前だと思っていたことを疑ってみることなどのことです。
最近、私の関心が向いていることの一つに、「言葉」があります。
自分が言いたいことや感じたことを、人に話すときや文章を打って送る場合、本当にその表現が自分の内面に起きていることと合っているかどうか・・・を少しだけ立ち止まって修正して近づけていきます。
何気なく使っている「言葉」にも、かなりの思い込みが滑り込んでいることをたくさん発見しました。
面倒くさい作業ではありますが、これが仕事に大変に役立っています。
相談者様と私の間で交わされるものは、「言葉」です。
もちろん非言語的メッセージもお互いに受け取っていると思いますが、相談内容も解決への糸口を探るプロセスも「言葉」によるキャッチボールが主になります。他に何も道具を使わないので「言葉」は重要なものになります。
いろいろな感情を「言葉」にした時、話し手と受け手の間に起こる違いを、できる限り最小限にしていきたい・・・その思いを叶えていくためにも、日々使う言葉や、スマフォに打ち込んでいるワードを見直して修正することは、役立っていると感じます。
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さて私には、お気に入りのコインランドリーがあります。
まず、入った時の匂い。どこのコインランドリーにも固有の匂いを感じますが、そこのコインランドリーは無臭に近いと感じます。
どうして?電気ではなくガスで洗いや乾燥をする機械を使っているからかな?
ダニが死滅する温度は60度だそうですが、そこでは70度の高温ガスで乾燥をしていると表記がありました。
洗濯物がスッキリ乾いて、匂いも取れているように感じます。
また、お金を投入する、洗濯のコースや時間を選択する・・・は、全て画面をタッチしながらの操作で、1000円チャージすると1100ポイント使えることや、
10回使うと1つ、また誕生日の月にも1つデジタルクーポンがスマフォに発行され、いつでも好きな時に使用できることも好きなところです。バーコード決済もでき便利です。
しかし、一番私がここを気に入った理由は、災害時にはLPガスボンベと、ポータブル発電機が接続可能となるそうで、直接ガスコンロやガス炊飯器に接続できたり、携帯電話の充電など、電気の供給に活用できるらしいのです。

これを知った時、このコインランドリーを起業した人に興味が湧くようになりました。
この人もきっと「Unlearn」仲間だと信じています。🤭
さて、このコインランドリーの中に居るとき、いつも耳に入ってくる、動画を通じて配信される若い男性の解説・・・これに違和感を覚えるようになっていました。
前後の解説文の脈絡からは、“おかしいな”と感じる「ガシガシ」と「トワイエ」というワード。
「ガシガシ」というオノマトペは、その解説文には、ふさわしくないんじゃないの?
「トワイエ」という英語?フランス語?ような外来語が突然出てくる感じが、私に「時代遅れのおばさん」であることを示唆してくるような不快をもたらしました。
レジで千円札を出した時に、若い店員さんに「千円でよろしかったですか?」と初めて言われた時の奇妙な感じ(私には過去形が気持ち悪かった)を思い出しました。
コインランドリーを使うのは主婦が多いのだから、主婦がわかるような解説にした方がいいのに・・・?というちょっとした不満とも老婆心とも取れるような気持ちも出てきました。
初めのころは、その場を離れるとその不快感はすぐ忘れることができたのですが、利用するたびに耳に入ってくるので、「ガシガシ」と「トワイエ」がくるタイミングまで覚えてしまい、だんだん気になってきました。
ある日、ここの会社に電話して、私の意見を聞いてもらいたくなりました。
もし言うとしたら、私が貴社のコインランドリーを気に入っているし、常連であると言うことを伝えてから意見として言ってみようかな・・・などと、伝え方の準備を自分なりに考えていました。
ふと、何か自分に思い込みがあるような気がしてきました。
子供の頃から、人の発する「言葉」や「歌の歌詞」についての勘違いを起こしやすかったことも思い出しました。
例えば、「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ」を聴くと、暴風の中でシャボン玉を飛ばしている子供の様子が頭の中でイメージされ、その後、「そうじゃなかったよね!」と変換を強制的にする、をやっている自分がいます。
「屋根まで飛んだ」が「屋根までもが吹っ飛んでいった」と言う暴風の恐ろしいイメージが固定化されてしまい、上書きがうまくいかないまま大人になってしまいました。
恥ずかしいことに間違って固定化されてしまったものは、他にもたくさんあります。
そこで「今こそUnlearnかもしれない!」と思いました。(笑)
コインランドリーの中に入って、その動画が流れている間、いつも耳にだけ意識を向けて聴きながら洗濯物を出して畳んで大きな袋にしまい入れていました。
が、一度その手を止めて画面をじっくり見ることにしました。
すると、今まで気がつきませんでしたが、解説している言葉がそのままテロップとして表示され流れていました。
なんと、「ガシガシ」は、「が、しかし」で、
「トワイエ」は、とは言うものの・・・の意味の「とはいえ」でした。
「ガシガシ」は、「しかし」を強調するために大きな声で言っていたようで、「が」と「しかし」の間に空白がなかったため「ガシガシ」と聞こえていたことが判明しました。
「トワイエ」の発音が、「と」を低く、「わいえ」を上げて発音されていたので外来語に聞こえていました。まるでどこかのマンションの名前にありそうな、フランス語的なイメージ・・・
意味「夕暮れ」だったりして・・・。
などと勝手に脳内でイメージが膨らんでしまうほど、違和感から疑問へ、疑問から想像へとどんどん広がってしまっていたのでした。
今まで間違って認識していた分、真実を知った瞬間、本当にびっくりし嬉しくなり安心しました。
ちょっと恥ずかしい気持ちにもなり、「ああ会社に電話しなくて本当によかったぁ・・・」とホッと胸を撫で下ろしました。
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私がカウンセリングルームを開所して一番最初に訪れてくださった相談者様は、知的障害をお持ちのAさんと、そのお母様でした。
Aさんとお母様は、ほぼ毎月1回のペースで欠かさず通われています。
Aさんは、学校を卒業してすぐに身内の伝手で、ある職場に就職が決まりました。それから長い間、真面目に働いてこられました。
ところが、Aさんは職場で問題を起こすこともあり、時には会社の経営者がAさんの自宅を訪れ、Aさんの両親に状況を説明し、このようなことを起こさぬよう親御さんからも言ってほしい、という対応をされてきました。
お母様は、そのたびに心を痛めてきました。
その思いをカウンセリングルームで話してくださるとき、いつも涙を流していらっしゃいました。
Aには悪気はないが、判断がつかないことがあって、してしまう問題行動もある。それをわかってほしい。誰にもこの思いを言えないしわかってもらえない。
お母様は、今だけじゃなく、Aさんが小さい頃から、たくさんの悲しい思いや、どこにもぶつけられない怒りの混ざった悔しさを経験してこられました。
またカウンセリングルームでは、Aさん自身の語るお話の特徴として、同じ話を何度も繰り返すということがありました。
私は、信頼するカウンセラーにそのことを相談しました。
すると、「同じ話を何度もするのは、本当にその話をしっかり受け止めてもらえなかった・・・とご本人が感じているからかもしれない。」と言う側面のお話と、「嬉しかったら、または悲しかったら、何度でも人に話したい!という思いって、誰もが持っている。だからこちらも何度でも聴いて受け皿になっていくことだよ。きっと話し終えたAさんはスッキリして、また頑張ろうって思える。それはカウンセラーにとっての大きな醍醐味ではないでしょうか。」とアドバイスをくださいました。
そのアドバイスに対し、当時は半信半疑でしたが、後からそのアドバイスが正しいものだとわかるできごとがありました。
Aさんとお母様は、勤めていた会社で起こした、ある問題行動を境に、大きな決断をしました。
それは長きにわたって働いてきた職場を辞めるという決断でした。
詳細は割愛しますが、その後、隣町の障害者就労支援事業所に通うことになりました。
そこでは、多くのスタッフの見守りの中で、様々な仕事を訓練したり、イベントを企画し、利用者同士で力を合わせて準備していくプロセスを体験したり、育てた野菜を収穫してマルシェで販売したりするなど、いろいろな力を身につけていきました。
しかしそこに2年以上通いましたが、就職が決まらず、私もAさんのお母さんも詰まってしまいました。
そんな時、藤枝市内で就労支援事業所を立ち上げた友人の存在が閃き、今年の3月29日、講師としてアディムクティにお呼びし、講話と参加者へのアドバイスをしていただく機会を作ることができました。
そこに、お母様も参加されました。
お母様は、彼にいろいろな質問をしました。
お母様は、今までの傷つき経験によって、どうしても行動にブレーキをかけやすく、遠慮がちになり、そして諦めがちになっていました。
そんな声にできなかったであろう声を、友人にぶつけるように発していきました。
友人からはいろいろなアドバイスをいただきましたが、特に印象的だったことは、
「受け身ではいけない。障害をお持ちの当事者のご家族、そして当事者と関わっている方は、もっと積極的に、事業所にも市にも声を発したり、どんどん聞いていくことが大事ですよ。そのことによって一番状況を変えられる可能性が高まるのは、子供よりも高齢者よりも障害者なんですよ。」
と言う言葉でした。
お母様は、その日から変わりました。
積極的に市役所にも足を運び、納得のいかないことが生じたらすぐ聞くようになり、事業所の支援員さんにも電話してAさんの状況を聞いたりしていきました。
そしてそれから8ヶ月が経過した12月現在、彼は、ある就職先が決まる可能性が高くなってきており、今はそこでの仕事内容に対しての大詰めの訓練段階になってきました。
私は「Unlearn」と言う考え方の中に重要なものがあることを学びました。
それは、思い込みを作っていることの多くに「心の傷」があると言う視点です。
そしてそれは、なかなか当事者だけでは、気づくことができないことも事実としてあるということです。
忘れてしまったけど、私の幼少期も、わからないことを家族や先生や友人に聞いたときバカにされたり、からかわれたりしたことが「心の傷」となって、人に聞けなくなってしまった場面がたくさんあって、思い込みの多い自分に形成されていったのかもしれない・・・・。
もしかしたら、私の心の奥で疼いているかもしれない「痛み」・・・・それらを見つけて、少しずつ取り除いてあげることは今からでも全く遅くないことだ、と思うようになりました。



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