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「今・ここ」の私に寄り添う5日間の断食記録 3日目

  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

                                                              2026.3.11(水)


昨日、30代の男性と対話しました。


私が最近、衝撃を受けた本「無敵化する若者たち」について、彼はどう考えるか聞いてみました。


本の中には、こんなアンケート結果が紹介されています。


「どんな上司が理想ですか?」


という問いに対し、

「熱意がある人、自分を引っ張ってくれる人」を挙げる声は少なく、

「仕事をわかりやすく教えてくれる人」が一番多い、という結果でした。


そのことについて、彼にそう思うか尋ねてみると、こう言いました。


「僕は、『熱意』とは何か、その前提について認識のズレがあることを感じた。

若者の言いたいことは、熱意があることを忌避しているんじゃないと感じる。


どういう仕事をどのようなやり方でやっていくのか、その説明に時間をかける、手間暇をかけて伝え方の工夫を

する・・・そこへの熱意を上司に求めているんじゃないか、と思う。」



また、「『Z世代』、『若者』、という括りを使われてしまうと、反対に若い人を追いやってしまうと思う。

もし若い人たちから『おばさん・おじさん』と括られたらどう思いますか?

追いやられていく気分になりませんか?


だから括るよりも、一人と向き合う気持ちが大切なのではないか……と感じる。」と。


ハッとしました。


カウンセラーとしても一人の人間としても、自分こそ、それを大事にしてきたと思っていたのに、本を読んで、どこかその大事な軸がどこかに吹き飛んでいたことに気づかされました。



今日はちょうど東日本大震災から15年の日です。


今朝の番組で、震災の年に生まれた15歳の女の子が言っていました。


「私たちはよくZ世代だと言われます。でも私はその自覚はありません。あえて言うなら、私たちは『震災世代』だと思っている」と。



彼女は震災のことを何も記憶しておらず、ご両親に当時のことを聞いてみました。


すると、「ガソリンも日用品も手に入らず、寒い中自転車を漕いでおむつや粉ミルクを買いに行ったんだよ」と聞いて、この年に生まれた自分にできることは何だろうと悩みながら、震災のことを伝える「語り部」の活動を始めたそうです。


今では外国人の人にも伝えられる力を身につけていました。


「私には震災を風化させない責任と使命感があります。そしてこれから多くの人を助けていきたいという希望があります」と言っていました。



世代ごと、違う時代を生きていることは確かですが、生まれ育った地域によっても全く違うことや、もっと言えば個人個人が全く違うということを改めて感じました。


だから、もうこの本から受けた必要以上の衝撃からは一旦離れよう!

目の前の人とじっくり対話し、「今とここ」で心の中で起きていることにフォーカスしよう!と決めることができました。



さて、今日は断食3日目です。


花粉症の症状はかなり抑えられ、この時期の断食は、やはり自分に合っていると確信しました。


しかし、断食で得られることはそれ以上の副産物にあると思いました。


昨夜の夕食の時間に気がついたことがありました。


昨日は家族には、もやしと豚肉をオイスターソースとニンニクで味付けた炒め煮を作りました。

私の大好物です。

しかし、私は目の前のそれを「食べたい」と全く思いませんでした。


私は朝の味噌汁の味が恋しく、夜もお椀にスプーン一杯のお味噌、イワシの粉、それに今回はごま油スプーン一杯、一味唐辛子を振りかけて、熱湯を注ぎ、ゆっくりいただきました。


ジンジンと胃袋にしみてくる感じがありました。

体が温かくなり、幸福感に包まれていました。


この瞬間、最近こんな気持ちになったことがあるなぁと思い、記憶を辿ってみました。


ふと今年の1月に、20年ぶりに幼馴染と再会した時の気持ちが思い出されてきました。


幼馴染は、私を見つけて呼び捨てで声をかけてきました。声のする方を振り向いて、その子の顔を見た時の気持ち(別の友人の家族のお葬式の席で再会、というシチュエーションだったけど) は、まるで目の前のお味噌汁をいただいた時の、懐かしく馴染み深く温かい・・・そんな気持ちと、どこか遠からず似ていました。


急にその時の一瞬の気持ちを思い出しました。


今日は3日目。 どんなことを今・ここの「五感」👀👂👃👄からキャッチでき、そこからどんな記憶を紐解けるのか。

まさに「内なる旅」に出かける気分です😊





 
 
 

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