ブルーフォートレス vol.7
2026.9.13(月)
先日、第7回目となる事例研究会「ブルーフォートレス」を開催しました。
見学者様も含め17名が集い、深く温かい時間を共有しました。
今回のテーマは、事例提供者・Kさんによる「自己開示」でした。
壮絶な生い立ちと、それを乗り越えて現在に至るまでの歩みを語ってくださったKさん。
自分の過去を人に話すこと自体、どれほどの勇気がいったことでしょう。
心からの敬意を表したいと思います。
見学者のひとりが語った「話す方も大きな勇気がいたと思いますが、聞く側の私にも覚悟が求められる内容でした。でも、だからこそ癒やしが起きました」という感想に、今回の事例の真の価値が凝縮されていたような思いがしました。
23冊のノートに描き出した「心の闇」
Kさんは長年、母親から不適切な関わりを受け、「事実とは違うストーリー」を刷り込まれて育ちました。
幼少期は「自分は幸せだ」と思っていたものの、成長とともに違和感が生じ、40代でうつを発症。
大きな転機となったのは、あるカウンセラーとの出会いと「セルフケア」でした。
自分の過去と向き合う覚悟を決めたKさんは、これまで誰にも言えなかった心の闇をノートに書き出し始めます。
言葉だけでなく、記憶の中の映像を絵に描き出すこと、なんとノート23冊分。
研究会では、そのノートから抜粋した絵も公開してくださいました。
事例発表後の議論も大変深まるものとなりました。
「怒りをどう扱うか」というテーマでは、
イメージワークで怒りを外に吐き出す方法
「怒りは自分が何を大切にしているかを教えてくれる感情」として自然にまかせて胸の中に持ち続けてもいいのでは?
クッションを叩くなど、安全にエネルギーとして発散させる方法
など、多様な視点が交わされ、「親からの不適切な関わりを受けた子にとって、親への感謝は決して簡単なことではない」というリアルな本音も語られました。
「それでも母が好きなんだと思う」の真意を追って
そんな中、私が最も心を揺さぶられたのは、Kさんが最後にぽつりとおっしゃった一言でした。
「それでも私はやっぱり、母が好きなんだと思います。」
あれほど辛く苦しい思いをさせられたのに、どうして「好き」と言えるのだろう――。
その疑問が頭から離れなくなった私は、精神科医・岡田尊司氏の著書『母という病』と『愛着障害』を夢中で読み漁りました。

数々の痛ましい症例の分析に心が重くなり、思わず
「岡田さん!だったらどうしたらいいの?どう救われるの?答えを示してくれないならもう読まない!」と心の中で叫びそうになったほどです。
しかし、最終章でその反発は見事に回収され、回復への「希望の光」が提示されていました。
親のかけた「心の呪縛」を解く 罪悪感を恐れず、「良い子」をやめて一度「親不孝」になってみること。親と適度に距離を置き、支配から抜け出すプロセスが不可欠であること。
新たな「安全基地」をつくる 仲間、パートナー、カウンセラーなど、変わらない安定感を持った存在との間で、新しい信頼関係(愛着)を育て直すこと。
他者や動物へ愛を与える 与えられなかった愛を、誰か(動物や困っている人など)に与える活動を通して、自らの愛着の傷も癒やされていくこと。
事実と感情を切り分ける 客観的な視点を持ち、「相手にも事情があったのかもしれない」と受け止め方を工夫すること。
吐き出しきった先に見える、わずかな光
本の中に、印象的なエピソードがありました。
ひどい虐待を受けて育った子が、母親から一度だけ作ってもらった「マズい食事」の思い出を、照れながら嬉しそうに語ったという話です。
親を心から憎み、ドロドロした感情や叫びをノートにすべて吐き出し尽くしたとき、不思議なことに親の優しい一面や一瞬の温かい記憶が浮かび上がってくることがあるそうです。
Kさんが「それでも母が好き」と言えたのは、23冊のノートに一切の誤魔化しなく憎しみや悲しみを吐き出し、カウンセラーにありのまま受け止めてもらったからこそ届いた、「本当の自分」の境地だったのかもしれません。
痛みを抱えながらも自分に向き合い続けるKさんの姿は、私たちに「回復への道筋」と大きな希望を示してくれました。
貴重な体験を届けてくださったKさん、そして共に場を創ってくださった皆様に、深く感謝いたします。



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