一人旅 Ⅲ
2026.11.8(日)
「上杉鷹山を感じたい、の旅」の2日目の後半、私は上杉鷹山が自ら田に鍬(くわ)を入れたと言われた田んぼを見に行くことにしました。
スマフォの地図アプリで示されたその場所まで行きますが、なかなか見つけることができません。
「まあいいか・・・探している時間が勿体無いかなぁ?」と、諦めかけました。
その時、初日に宿が見つからなかったときのことを思い出しました。
あの時、一度スマフォを閉じて目を閉じて、自分の心の声を聴いた静かな一人時間を作った結果、思ってもみなかったアイディアが浮かんで方向転換できたよね?
それをもう一度やってみよう・・・。
車の中で目を閉じて、自分の心の声を静かに聴いてみました。
「静岡からはるばる米沢まできて、見たいものを見ることができないのは悲しい・・・」
じゃあ、私が見たいものは?感じたいことは何・・・?
上杉鷹山の精神だったよね・・・?
すると小説「上杉鷹山 (童門冬二著)」の中にスリップしたようなイメージが広がっていきました。
藩主である上杉鷹山の姿を見た農民が、仕事の手を止めてうやうやしい態度をしていると、
「申し訳ない・・・私に構わずそのまま仕事をしてくれ」と鷹山が云うシーン。
それは、私の心に残った場面の一つだったよね?
農民の一人一人が、藩主の改革への本気度と農民を大事にしようとする謙虚さを感じ取ったことから、長年心にわだかまっていた政治不信は少しずつ消えていき、同時に治安もよくなっていきます。
小説の最後の方では、農民が自ら作った作物と、作物のお代を入れるためのカゴを傍に置いて放っておいても、誰一人カゴの中のお金を横領しないーーー
ふと田舎道を歩いていてその光景に遭遇した鷹山は、農民の一人一人の心に「人への信頼」が回復したことを知って感激するシーンも心に残りました。
現代の無人販売の発祥の地がこの米沢だったことを、小説で初めて知って驚いた自分がいました。
そんな風に小説の中の名場面を思い出しながら味わって、いい時間が流れていきました。
すると、ふとアイディアが湧きました。
それは、「どんな小回りがきく小さな車でも、徒歩より小回りのきくものはない、車をどこかに置いて、歩いて探してみよう!」でした。
地図アプリを片手にゆっくり歩いてみると、何度も素通りしていた空き地の奥に目が向きました。
空き地の中央部に「籍田の碑」はひっそり立っていました。

ただの空き地だと思い込んでいた私。
風景の中に馴染みすぎていたために、それを「籍田の碑」だと認識できていなかったことに気づきました。

その碑と、説明が書かれている小さな看板をゆっくり読みました。
鷹山の功績を大切にしているが、それでいて大袈裟にきらびやかにしないで祀っている様子が感じられて、本当に鷹山の思いをよく理解している米沢の人々を感じ嬉しくなっている自分がいました。
しかし、それは私の「そう思いたい」願望なのか?
実際はどうなのだろうか・・・・?
今でも米沢に住む人々は上杉鷹山のことを誇りに感じているだろうか?
何かしらの影響を受けて暮らしているのだろうか?
初日に訪れた「伝国の杜」は、たくさんの文献や鷹山ゆかりの品々が置かれていたし、史実を元に制作されたドラマは特別シアターで鑑賞できたし、この旅で実際に鷹山の足跡を知る遺跡や建物などをめぐり歩く予定ですが、どれだけ見聞を広めたとて、実際に今の米沢の人々の中に鷹山の精神が脈打っているかどうかを知ることはできない・・・・と思いました。
なんとか米沢にいる間中に、米沢の普通の市民と対話ができないものか・・・?と心の中で思い始めていました。
その後、鷹山のお墓に行きました。
そこには上杉謙信はじめ代々の藩主が一人づつ祀られているお墓(というかほこら?)がずらりと並んでいました。鷹山のところにはファンからのものだろうか・・・綺麗な生花が供えられていました。
そこの駐車場に何本かノボリがなびいており、ふとそれに目を向けると、「上杉鷹山を大河ドラマの主役に!プロジェクト」のような内容が描かれていました。
「うわー、これが実現したら毎週見てしまうし、録画して何度も名場面を見てしまうかもなぁ〜」
と一瞬テンションが上がりました。
鷹山を演じる俳優は誰がいいのかな?
鷹山の妻の幸姫は誰が相応しい?
佐藤文四郎は?
みすずは?
細井平洲は?
竹俣当綱は?
北沢五郎兵衛は?(私が惚れ込んでしまった人物・・・私に決めさせてほしいよぉ)
などと馬鹿な妄想を繰り返していました。
NHKの大河ドラマ企画ミーティングに、あたかも自分がいるような妄想にまで羽を広げて、
「物価高に苦しむ今こそ、上杉鷹山の生き方や精神が求められているのではないか?」と訴えている自分がいて、楽しくなってしまいました。
お墓に手を合わせて、駐車場に向かって歩くと、10メートルくらい先の「わくわく体験館」という看板が目に入りました。
なんだろう?と思ってそこまで歩いて行くと、「米沢織」や「染め物」が体験できる場所であることがわかりました。
米沢織も、染め物も、鷹山が産業を興すために、米沢にあるものを最大限に生かして商品化した物です。
米沢にあるもの・・・たとえそこにあっても、形にするために必要な技術を持った職人がいない。
そういう場合には、藩の外から職人を招いて指導を受け、米沢オリジナルのものを商品化することに成功しました。
そうだ!そこの体験館で米沢織と染め物をやらせていただき、そこにいる人と対話をしてみよう。
何かわかるかもしれない・・・。
扉を開けて、「こんにちは〜」と声をかけて、「米沢織を体験させてください。」と言うと、ちょっとだけ待ち時間がありましたが、すぐに2階に案内されました。
そこには何台もの織り機が置かれていました。
この道50年という方が「たくさん織り機があるが、どれがいい?」と聞くので、「一番古い織り機を使ってみたい」と言うと、江戸時代から使っていると言う織り機のところまで案内してくださいました。

まず椅子のようなものがなく、機械にはめこまれた15cm幅の板一枚に座る・・・ところから驚きました。
狭い板の上にちょこんとお尻を乗せて、パタパタと快活にはたを織っている江戸時代の和装の女性を想像しました。
私も最初はゆっくり恐る恐る言われた通りに順序を口で呟きながら・・・でもだんだん慣れてくると、リズム感が出てきました。
「こんな仕事も私には向いているかもしれない。」
あきれるほど楽観的な自分がいました。
リズムに乗せて音を感じながら織る楽しさに加えて、慣れてくると自分の思い通りの模様が編み込まれていくことにもハマっていきました。

やりながら、米沢織について聞いてみました。
「米沢織と、他の織物との違いは何ですか?」
「上杉鷹山が借金まみれの藩を建て直すために興した産業の中にこの米沢織があリます。
織り方に違いがあるのではなく、糸に違いがあるのです。
この糸の色を出すのに、紅花が使われておりまして、
糸をしっかり染めるのですよ。」
「この紅花は、もともと中国の花だったが、日本に持ってきた先人がいたそうですよ。
紅花は米沢の気候とあったのでしょう。
あちらこちらで栽培する農家が増え、糸に染める職人も増え、その糸ではたを織る人も増え・・・と言う風に、どんどん雇用が広がっていったわけです。」

この新しい産業によって仕事に精を出す米沢の人々の活気が伝わってくるようでした。
イギリスで起こった産業革命の熱気にも似ているのかな・・・?と想像。
鷹山はすごいなぁ・・・。財政立て直しという目的ばかりに目が向きがちになっていたけど、こうして雇用を増やし、人々のやる気を起こしていったことこそが目的だったのではないか?
と思うほど話を聞きながら、その時代の臨場感に興奮してしまったのです。
仕事に従事できる喜び、需要が高まり忙しくなっていく充実感・・・それは古今東西変わらぬ「やりがい」のある仕事における真理なのではないか?
きっと、家の中で内職を始めた専業主婦も増えたことだろう。
誰かの役に立つ仕事につけたことで社会とかかわっている実感、
財政改革を担う一員としての自分・・・そんな嬉しい気持ちも米沢の人々の中にじわじわと芽生えて広がっていったのかもしれない。

米沢織を終えて、次は染め物体験をしました。
黄色い布に赤い紅花の色を染めていきます。
私は割り箸に布を巻きつけて輪ゴムで止めてみました。
これを液体の中に入れてしばらく置いてから広げます。
どんな形になるのでしょう・・・。

こんな可愛い模様ができて思わず声を出してしまいました。
いろいろな工夫をすれば、無限の美しくユニークな模様を作ることができるはずです。
これも鷹山の興した産業の一つだったのです。
この体験をしている最中、いろいろな人と自然に対話ができました。そこで分かったことがありました。
・上杉鷹山のことは、子どもの頃から見聞きしているから、その功績を語ることができる人は普通に多くいる。
・鷹山公という言葉が、ある小学校の校歌の歌詞の中にちゃんと入っている。
・小学校の体育館に上杉謙信と上杉鷹山の肖像画が飾られている。
・米沢市では一年に一度大きなお祭りがあるが、その名称が「なせばなる秋祭り」(為せば成る 為さねば成らぬ 何事も・・・)は鷹山が好きだった言葉。
・そのお祭りでは「棒杭市(ぼっこういち)」をやる。
棒杭市というのは、現代風に言えばマルシェ。農家が収穫した作物を出品するが、江戸時代さながらに棒を杭を打つように地面に差し、棒の先端につけたカゴにお金を入れてもらう。
今でいう無人販売のような方式・・・これも鷹山の改革の副産物として人々が人のものを盗んだりお金を横領しなくなった証としても有名に。
私が知り得たかったことがつかめた貴重な対話でした。
それ以上に米沢の人々の親切でオープンなお人柄が、対話を通して伝わり、一人旅の私の心にはじんわり沁みて温かい気持ちになりました。
一人旅2日目は、昼食と夕食を兼ねて、「上杉公爵邸」という趣のあるレストランで美味しいご飯を食べました。

ウコギという名の木は、家の周りで柵のような役割として活用していたそうですが、葉をゆがいたら食べることができることから、非常食(干ばつや大雪に見舞われた際)としても重宝されるようになりました。
このウコギの葉をご飯に混ぜて米沢の名物にしたのも鷹山の知恵だそうです。
米沢牛を入れた芋煮は牛の出汁が染みて美味しかったです。
しかし、一番気に入ったのは写真の中のご飯の上にある「しそ巻き」でした。
味噌に胡桃の実を混ぜて、それをシソの葉で巻き、油で揚げたものだそうです。
香ばしくいい香りがしました。これなら私にも作れそうです。
2泊3日の一人旅ーーー
「上杉鷹山を感じたい、の旅」を終え、3日目の早朝、宿を出て静岡に向かって車を走らせました。
車中、オーディブルで「上杉鷹山の財政再建に学ぶ」を聞きながら帰りました。
本を読んでずっと私の想像の中に生きていた上杉鷹山が、あたかも横に座っているかのように身近な存在に変化しました。
物価高に愚痴が出て、世を嘆き、政治に不信を募らせるジトーッとした日々が続いていましたが、日本が生んだ素晴らしい人物の心に触れたためか、私の心は晴れやかになりました。
「為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」という言葉ーーーーー
鷹山が身をもって、時代を超えて励ましてくれている。
そんなことをしみじみ思いながらの帰路でした。



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