2024.5.9(木)
先日、クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネTOKYO2024」に行って来ました。
ラ・フォル・ジュルネはフランスのナントという町で始まった音楽祭ーーー意味は「熱狂の日」。
プロデューサーのルネ・マルタン氏が、クラシック音楽をもっと市民にとって身近なものにしたい・・・「赤ちゃんからクラシック通まで誰もが楽しめる音楽祭を!」をコンセプトに立ち上げました。
彼は、フランスで大成功したこの音楽祭を2005年に日本に持って来ました。
そしてこのイベントは日本でも大成功しています。
日本では今年が17回目の開催です。
(コロナ禍で4年の空白がありました)
ガラス棟と、様々な大きさのホールがある建物の間に、広い通路があり、たくさんの木が植えられており、5月のこの時期はとても爽やかです。
この通路にはイベント中、キッチンカーが並び、簡単な食事や休憩をとることもできます。
また、自由にイベント会場から抜け出して、都心にあるいろいろなお店に行くこともできます。
ある年には、コンサートとコンサートの合間に、映画を観に行ったこともありました🤗
ラ・フォル・ジュルネのすごいところは、なんといっても公演の多さ!!
45分間のコンサートが朝から晩まで繰り広げられます。
何と、5日間、9会場で300公演!!
世界中のビッグネームや旬の若手までが集まり、演奏家もファンも熱狂します。
これだけの公演を楽しむ参加者が何千人、何万人も動くのに、充分な空間があるためなのかあまり疲れません。
(歩き疲れはもちろんありますが🚶♀️)
5000人も収容できるこんなホールも満席になります。
演奏家の手元が見えない残念な2階席でしたが、どんなに小さな音も単音も耳にちゃんと届いてくるので嬉しいです。
コンサートとコンサートの間も、常にどこかで無料のコンサートに触れられます。
建物の地下2階は広い空間になっており、音楽関係のショップ、ブース、簡易舞台も設置されています。
この人は、コントラバスを作る職人です。
グッさんの「グッと地球便!」に出演したことがあるこの人、イタリアで修行をしてきたらしいです。
力一杯、木を削っているところを見学しました。
弦楽器って、こうやって職人さんが一つ一つ丁寧につくるのですね。
日本で唯一のクラシックインターネットラジオ「OTTAVA」のライブ収録も行っていました。
OTTAVAもまた、この期間は「熱狂の日」になっているかのようで・・・。
様々な音楽家を呼んで、インタビューをしたり、演奏を披露してもらったりします。
私が楽しみにしていたのが「レガーロ東京」という合唱団の演目です。
16人団員がいるそうですが、すごいところは全員がソリスト!
違うパート(きっと16パート)を歌っています。
自立していてなんともかっこいい。
それでいて、聴きあって歌っているからでしょう、バラバラ感がなく心地よいハーモニーです。
チャイコフスキーの花のワルツや、ラフマニノフのボカリーゼなどを披露してくれました。
前置きが長くなってしまいました💦
この音楽祭で、私が最も熱狂した演奏を3つ紹介します。
名付けて、萩原法代を熱狂させた演奏ベスト3!!!😍😍😍(そのまんまや〜ん)
しかもあんた何様のつもり?😓😓😓と自分でツッコミ入れてます。
第3位
マリー=アンジュ・グッチ演奏の
ラヴェル作曲:左手のためのピアノ協奏曲カデンツァ
アルバニア生まれのピアニスト、マリー=アンジュ・グッチの演奏した曲は、
近代ロシアの作曲家
・スクリャービン
・ラフマニノフ
・プロコフィエフ
の曲でした。
「戦争ソナタ」は形容し難い演奏でした。
完璧に弾ききって、喝采の嵐の中、舞台を去って・・・また舞台センターに来て、深いお辞儀をして・・・を繰り返し・・・
最後に、アンコールに応える形で、ピアノの椅子に座りました。
ラヴェル作曲の「左手のためのピアノ協奏曲カデンツァ」を弾きました。
(曲名は後から知りました)
いつ、右手が鍵盤の上に乗るのか、固唾を飲んで見ていましたが、最後まで左手だけの演奏。
目を閉じて聴いてみると、片手で弾いているとは思えませんでした。
左手が鍵盤の上を自由自在に猛スピードで動いて、そして歌っているようでもあり、語っているかのようでもあり、
訴えているかのようでもありました。
後から知ったのですが、この曲は、戦争で右手を失ったピアニストのために作られた曲だそうです。
演奏家の心を占めているものは、戦争の悲惨さなのか、平和への願いなのか、表現への欲求なのか、最初から最後まで情熱的な演奏でした。
第2位
神奈川フィルハーモニーニー管弦楽団の
ラヴェル作曲:ボレロ
あまりにも有名なこの曲ですが、生演奏で聴いたのはじめてでした。
スネアドラムは、最初から最後まで同じリズムを打ちます。
しかし、そのドラム奏者がどこにいるのかわかりませんでした。
パーカッションはたいがい一番後ろにいます。
ところがどう目を凝らしても見当たりません。
諦めた私は、体が動いている人を探しましたが、誰1人上半身が動いていないのでわかりません。
もしかしたら、録音した音を舞台袖から流しているの?まさかそれはないよね?
しかし、ずっと耳を集中させて音の鳴る方を探していくと、オーケストラの中心からドラムの音が小さく聴こえてきました。
そして、ドラムを体の下の方で叩いている演奏者の存在を確認できました。おそらく脱力ができているから、上半身が全く動かないんだと思いました。
この曲は旋律をいろいろな楽器がリレーをするかのように請け負っていきます。
旋律を請け負う楽器がチェンジする瞬間、私は緊張してしまい、呼吸は浅くなり、手の中は汗だらけ。
聴衆であるのに、ずうずうしくも心は演奏者になりきってしまうのです。
こんな大勢の聴衆を前に、こんなに有名な曲を演奏するなんて😱リズムを打ち間違えたら、もしくは音を間違えたり、息の調子が狂って音が出なかったら?緊張で苦しいソロはやだ!とか・・・。
要らぬ心配で緊張が高まり、それを自分で持ちきれなくなってしまいます。
しかし、やはりプロ!
完璧な演奏をやりきって、私は強い緊張から解放されました。笑
指揮者は斎藤由香理さんでした。
小澤征爾氏が育てた人が活躍しているのを見ることができるのも嬉しい。
斎藤さんは、何度もドラム奏者に拍手を送り、他のオーケストラのメンバーも足を床で鳴らし彼に喝采を送っていました。
私も心からの拍手をいつまでも送っていました。
よくぞ最後までテンポを崩さず集中してくださった!(そこ!?と突っ込まれそう)
ちょっと涙が出てしまいました。
同じリズムが淡々と刻まれる中で、静かな世界から壮大な世界へ。
ドラマチックなクライマックスに向かっていく様が完璧すぎて怖い。
私にとって、ラヴェルの世界はときに完璧で美しすぎて、近寄りたくても近寄りがたい得体の知れない何かがあります。
第1位
アンヌ・ケフェレック演奏の
ベートーヴェン作曲:ピアノソナタ第31番 変イ長調op.110
ケフェレックさんはフランス出身の世界的に有名なピアニストです。
76歳であるにも関わらず、背筋がピンと伸びていて華奢ですが堂々としていました。
演奏ももちろん素晴らしいのですが、何とも言えない美しい佇まいを感じます。
また作曲者の作品に対する思いを真剣に読み解こうとされる姿勢、自分はどう表現したいのかを常に問いかける姿勢に、尊敬の念が沸き起こります。
コンサートの前に、とある音楽大学生に行った公開レッスンにも参加しました。
学生さんは、シューベルトのピアノソナタNo17の第1楽章をひと通り演奏しました。
演奏を聴いた後、ケフェレックさんは、シューベルトについて語り、学生さんに「この曲は、どういうキャラクターだと思う?」とたずねました。
学生さんは、緊張していたのかうまく答えられない感じでしたが、ケフェレックさんは学生から引き出したワードを受け止めながら解説し、またブーメランのように「どういうキャラクターだと思う?」の質問を投げ・・・それを3回くらい繰り返していました。
そのくらい曲を識ることや、自分はどう思うのか、を大切にしているんだと思いました。
日本の学校の試験は、テキストの内容を覚えたか、先生の教えたことを理解したか、を問うている形式が多いですが、諸外国で学んだ人からは、「あなたはこのことについてどう考えますか?」を問われる試験問題が多いと聞きます。
学ぶということや、表現するということに対して、もっともっと自分ごとにし、もっともっと欲求し、もっともっと自由になっていきたいと思いました。
そして迎えたケフェレックさんのコンサート。
バッハ、スカルラッティ、ヘンデルなどのバロックの名曲が厳かに流れました。
音が違う!そう思いました。
小さな音も、大きな音も、とにかく丸い音!尖った音がありません。
聴衆が、あの華奢で小柄なケフェレックさんの演奏にじわじわと引き込まれていくようでした。
バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」の演奏が終了すると、椅子から立ち上がって聴衆に深々とお辞儀をして、拍手の渦の中、舞台を去っていきました。
私が最も楽しみにしていた最後の一曲を残して・・・。
しばらくして、舞台の袖から通訳と一緒に現れたケフェレックさん。
私はドキドキしてきました。
通訳を介してケフェレックさんはこのようなお話をしてくれました。
🎤今から演奏する曲はベートーヴェンのピアノソナタ31番です。
この31番にはベートーヴェンの全てが詰まっていると私には思えてなりません。
第1番から第32番まであるピアノソナタには、それぞれ献呈者の名前が記載されています。
しかし、31番だけ、献呈者の名前がありません。
そして楽譜の書き込みが最も多いのが31番なのです。
(書き込みの中には、“力が尽きたように”などが書かれている)
この曲を書き終えた日付はクリスマスイブの日になっている。
この頃、すでに聴力を失っており、甥に宛てた手紙の最後には、「私は幸せを届けたいんだ。皆んなに幸せになってほしいんだ」と綴られていることから、この31番はベートーヴェンにとって特別な思いがあると感じます。
おそらくこの曲の献呈者はベートーヴェン自身であり、また全ての人間に捧げたい曲だったのでは?と思います🎤
そう言って、ピアノの前に座り、何か思っているような時間(ものすごく長く感じた)が流れ、
第一楽章、第二楽章、第三楽章と演奏していかれました。
絶望の世界から、静かで穏やかな世界へ、そして更に希望と光と活力の世界へ誘われていきました。
ケフェレックさんのメッセージと演奏の一致感を味わっている、今この瞬間、ベートーヴェンがそこにいるような気がしました。
ベートーヴェンは生きている。
「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」という言葉を残したベートーヴェン。
私も、そうありたい。
音楽家に火をつけられ、チリチリと燃え始めました。
熱狂をありがとう!!!
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