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読書ノート41-4

                                                             2024.10.30(水)

「代表的日本人」

内村鑑三 著



最近、本を読んでいませんでした。


友人が「電子書籍に変えてよかった。」と言っていました。


画面を見ることに慣れてきた今ならいいかもしれない、と思って電子書籍を購入しました。

カバンも重くならず、スマフォさえあればどこでもいつでも何冊でも読めて便利だと思いました。


さて、読書後の感想メモをブログにアップしてきたものが41冊目になりました。


41冊目に取り上げた本は「代表的日本人」というものです。


この本は内村鑑三が書いたものですが、著者名の下には「鈴木範久 訳」と記されています。


理由は、

内村鑑三が諸外国の人々に向かって、

「日本人の中にもこんなに独立心の強い自立した人物がいるんですよ。」


と伝えたく、代表5人を取り上げて英訳で出版したのです。


それが後に鈴木範久によって和訳され、逆輸入のような形で日本語で読めるようになりました。



著者が「代表的日本人」としてあげている4人目は中江藤樹です。


(41冊目の4人目ということで41-4とナンバリングしました。)


関ヶ原の戦いから8年後に中江藤樹は生まれています。


男性の仕事は戦いにあり、女性たちは嘆き悲しんでいたような時代です。


藤樹は、学問や思想を求めることは何の価値もないものとされていた時代の真っ只中に、孔子の「大学」という著書と出会います。


感動に震え自分の全生涯を「人の第一の目的とすべきは生活を正すこと」という思想に捧げようと誓います。

それを教育の力で具現化することを志しました。


わずか11歳の時です。


そしてその通りの人生を全うしました。




その教育を受けた馬子(馬をひく仕事をする者)のエピソードが紹介されていました。


馬子は、人の忘れていった財布を自分の懐に入れることをせず、持ち主を探し出し、届けに行きました。


一方、財布を無くした者はサムライで、主君の命令で中央に上り、数百両のお金を託されて帰る途中、馬に結びつけて置いたことを忘れたまま馬子と一緒にその馬を返してしまったのでした。


サムライは、もう財布が戻ってくることはないと絶望し、切腹をして主君に詫びる覚悟をしました。


ところが真夜中遅くになって、馬子がそのサムライのところに財布を届けにきたのです。


命を救われたサムライは、


「どうして、それほど無欲で正直で誠実なのか。どうか、そのわけを聞かせてほしい。」と懇願します。


馬子はこう答えます。



「私のところの小川村に、中江藤樹という人が住んでいまして、私どもにそういうことを教えて下さっているのです。

先生は利益をあげることだけが人生の目的ではない。

それは、正直で、正しい道、人の道に従うことである、とおっしゃいます。

私ども村人一同、先生について、その教えに従って暮らしているだけでございます。」



この時のサムライが熊沢蕃山、そして主君とは岡山藩の藩主、池田光政だったのです。


ここから中江藤樹という“村の先生”は瞬く間に有名になります。


様々な要請が藩主から藤樹にきましたが、藤樹は自分の使命は村にあり、母と共の暮らしにあると言って辞退します。


このことが人から人へ伝わると、全国の尊敬の的となり、多くの大名たちが、それぞれ相談を求めて藤樹のもとを訪れるようになりますが、それ以外はいつもと変わらない穏やかな“村の先生”であり続けました。


私は本を閉じて目を閉じてみました。

心の中からある言葉が浮かびあがってきました。


それは「教育」という二文字。


教育を受けたものは、自分を助け、縁をした人々も助けることができます。

そして教育によって変容した1人が、地域社会を、国を、世界を変革するとしたら、

どんな改革よりも時間はかかりますが、着実で確かな変革をもたらすに違いありません。


そんなことを思いながら、中江藤樹の教育に捧げた生き方を味わっていました。


人間の心の内側の変革を出発点にするーーー

私にとってもそれが原点だったことを思い出させてくれました。


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